最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)880号 判決 1963年9月05日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中島万六の上告理由第一点について。
論旨は、本件土地の売買契約につき、売主たる上告人が契約解除をしないのに、買主たる被上告人らによる手附金倍戻の請求を認容した原判決には民法五五七条の趣旨に反する違法があると主張するけれども、原判決は、本件土地が上告人の国税滞納により公売せられて第三者の所有に帰し、被上告人らにこれを引渡すことが不能となつたのであるから、上告人の責に帰すべき事由により履行不能となつたものであり、且つこのような場合、買主は売主に対し既に交付した手附金の倍額の支払を請求し得る旨の特約をなした旨を認定したものであること、判文上明らかである。しかして、売買契約の当事者が特約をもつて違約手附の約定をすることは、民法五五七条の解約手附の規定の禁ずるところではないから、被上告人らにおいて右特約により手附倍戻の請求をなし得ることを認容した原判決には、所論のような違法は認められない。
また、本件においては、買主たる被上告人らは既に違約手附金一八万円を上告人に交付しているのであるから、原判決が三六万円の手附倍戻を上告人に命じても、上告人の実質的負担は一八万円であつて、本件土地の売買価格四八万円に比して八分の三に当り、所論のように四分の三にものぼるものではないから、本件違約金の特約は公序良俗に反する違法なものとは認められない。所論は違憲をもいうが、その実質は前記違法の主張にすぎず、論旨はいずれも採用できない。
同第二点について。
論旨は、原判決が手附金倍額の支払を命ずるに当り、本件売買契約が解除されたか否かを判断しなかつたのは、理由不備の違法があると主張するけれども、原判決が、本件違約手附の特約には契約関係清算のための損害賠償額の予定を含むものと認定したことは、判文上明らかであるから、被上告人らが契約解除をなすことなく、直ちに右予定額の請求をなしうるものとした原判決には、所論のような違法は認められず、論旨は採用できない。
同第三点について。
論旨は、原判決引用の証拠、ことに甲第四号証(売買契約書)によれば、上告人が訴外久保誠らに対し本件土地の明渡を請求しない場合に限り、売主に手附金倍戻の義務が生ずるにすぎないと認定すべきであるから、本件特約の趣旨に関する原判決の認定は、証拠によらない事実の確定であると主張する。なるほど、甲四号証の文言上は、所論のように、第九項において、「犬飼が第二項の義務を履行せざるときは、黒沢は本日支払いたる手合金(違約金)の倍額を請求することを得」と定め、同第二項には「本件土地を不法に占拠している久保誠の一族に対する家屋収去、土地明渡の請求は犬飼においてすること」と記載されているけれども、同第五項には「本件土地の所有権移転につき故障ある場合は犬飼の責任において解決すること」と定めており、右甲四号証全体の趣旨及び原審における証人黒沢丈一の供述により、本件特約の趣旨は、単に訴外久保の不法占拠を排除することのみでなく、その他上告人が本件土地を被上告人らに引渡すことのできない場合の違約金を定めたものである旨認定した原判決は肯認できなくはないから、原判決に所論のような違法はなく、論旨は採用しがたい。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 斉藤朔郎)